いつきが日々を綴ります。日々のぐだぐだを語ったりしてます。時々本の感想が紛れ込んでたりするかもです。
この前の続きです。
ハッピーエンド、とははっきりと言えないですので、お気をつけくださいな。
ちょっと最後があやふやで終わるですが、さわったら雰囲気が壊れそうなのであまりいじりませんでした。
それでもOKな方はど~ぞ。
ハッピーエンド、とははっきりと言えないですので、お気をつけくださいな。
ちょっと最後があやふやで終わるですが、さわったら雰囲気が壊れそうなのであまりいじりませんでした。
それでもOKな方はど~ぞ。
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「もし、もしもあたしがその魔女なら……」
そこまで言って、ルーナは言葉を止める。いつの間にか、カップから立ち上る香り豊かな湯気は消えていた。そのカップの中身に映る自分を見つめ、ルーナはきゅっと手を握り締めた。
そしてゆっくりと口を開く。
「あたしなら。王子を城から出そうなんて思わない、思えないよ。いくら王子の幸せを願っていても、やっぱりあたしは傍にいたい。たとえ、王子が一生あたしに振り向かないとしても、城に閉じ込められてあたしを憎んでも。王子だけその侍女と幸せに暮らすなんて、許せない――!!」
何かをこらえるようにルーナは言った。それを聞くと、魔女はまたマーシュを撫で始める。そして、物語の続きを語るために口を開いた。
彼女は悩んだわ。昼も夜も関係なく、そのことで一杯だった。でも、答えなんて出なかった。どちらも嫌だったから。どちらかをとれば、どちらかを捨てなければいけないんだもの。
考えれば考えるほど、悩めば悩むほど、そのことしか頭に浮かばなかった。
でもね、ある日王子は彼女を呼び寄せていったの。「手伝わなくていい」って。王子にも分かっていたの、その魔女のこと。
『心優しく、真っ直ぐな魔女』 そう呼んでいたぐらいだから。
彼女がどんなに悩んでいるか。国と自分との間で、どんなに苦しんでいるか。それが分かるのに、どうして魔女の思いに気が付かなかったのかしらね。
彼女は友である自分か、国かで迷っている。
友人を裏切るような人間ではない。
だけど、忠誠を誓う国に背くような人間でもない。
それが痛いほど分かったから、そう言ったのね、きっと。
だけど、皮肉なことにその言葉が引き金になった。彼女の迷っていた心を決める、決定打になってしまったの。王子が自分のことを考えてくれている。その事実が魔女には嬉しかった。
ほんの少しでもいい、彼の心に自分がいることが嬉しかった。
魔女は王子と侍女の身代わりを作り、一週間国を騙した。王が小さな王子の変化に気が付いたのがきっかけだったけれど、それがなかったら、もっと時間が稼げていただろうと王の側近は言った。
そして魔女はその日の内に、捕まった。
彼女は絶対に口を割らなかった。ただ、黙って俯き涙を流すだけだった。王に許しを請うことも、自分の過ちを嘆くこともしなかった。魔女は泣いてはいけないという決まりなのに、彼女は人目をはばからなかった。
怒り狂った王は彼女を殺そうとしたけれど、それでも呪いが怖くて殺せなかった。
「だから、彼女は国を追われ、長い旅に出た。そして最後に――深い森にたどり着き、そこへ屋敷を建て、そこに命をかけて魔術をかけた。ずっと、ずっと先、もしもその王子の孫たち、子孫たちがその近くを通ったら、その屋敷に入るように。そして、殺してしまうように……」
そう言って、魔女は話を締めくくった。そしてルーナを見て笑い、「つまらない話を聞いてくれてありがとう」と呟くように言う。ルーナは黙って首を振り、それから口を開いた。
一つの予想と、疑問を抱きながらそれを魔女にぶつけた。
「あなたの、名前は?」
「ルウィーヌ。ルウィーヌ・レストリス」
囁くように言い、マーシュの頭を撫でた。
「そして、愚かな魔女の名もまた、ルウィーヌ。愚かな魔女というのはわたしのこと。そして、ルーナ。あなたは……、あの人の孫、ね」
小さく、本当に小さく魔女の――ルウィーヌの顔が歪んだ。泣き出す寸前のような顔で、ルーナを見つめる。
「あたしを、殺すの?」
ルーナが問う。その問いに、ルウィーヌは首を振った。
「本当はね、本当はそうだと思った瞬間殺そうと思ったの。でもね、あなたがわたしと同じように考えてくれたから。『王子だけ幸せに暮らすなんて許せない』……わたしも、そう思ったから。いくらあの人を愛していても、そう思う気持ちを止められなかったから。そして、そう思う自分が醜くてしかたがなかったから。だから、嬉しくて殺そうなんて思えなくて」
嬉しそうに少しだけ微笑んだルウィーヌは、マーシュの耳元に唇を近づけ何事か小さく言った。マーシュはその言葉に『ミャウ』と鳴いて答える。そして、ルーナをじっと見やった。
「ルーナ、来てくれてありがとう。あの人の幸せの証が見れて、本当に良かった。もう、あの人の子孫にはあえないかもしれないと思ってた」
その声はとても小さくて、聞こえにくい。泣いているわけでもなく、俯いているわけでもないのに、とても小さかった。まるで死にかけている人間のような。
そこまで考えて、ルーナはハッとした。自らの考えの不吉さに身を振るわせる。それでも。
「ルウィーヌさん?!」
ルウィーヌの体が透けて見え、ルーナは慌てた。今考えていたことが目の前で再現され、自分の考えを打ち消そうとする。その様子にクスリと笑い、ルウィーヌはルーナの瞳をじっと見つめた。
「目的を果たしてしまったからなのね。それか、もうわたしの魔力の期限か……。でも、やっと逝けるのね。実は後悔していたの。自らの魂を、あの人の子孫が来るまで縛り付けたことに……」
歌うように言い、ルーナに手を差し伸べその頬に触れた。しかし、ルーナがその感触を感じることはなかった。
姿が光の粒子へと変わり始め、上へ上へと昇っていく。ルーナは手を伸ばし、ルウィーヌに触れようとして――その手はルウィーヌをすり抜けた。 掴んだと思った光の粒子は手に残ることもない。
金の光に囲まれて、だんだんとぼやけていくルウィーヌは何故かとても幸せそうに見えて、ルーナは涙を流した。
「泣いてはダメよ、ルーナ。わたしは、嬉しいのだから。笑って?」
「無理。そんなこと、無理」
涙が流れ、それを止めようとも思わずルーナは呟いた。それと共に、言いようのない感情が心を支配していく。じわじわと侵食するように。
「何故?! 何故あなたはそんなに……寂しそうな顔をして笑うの? それでも、幸せそうに見えるのは何で?! あたしを、殺したかったのでしょう? それだけが目的で、ここにいたのでしょう? それなのに何故、目的を果たさないままで逝ってしまおうと思うの?!」
涙でルウィーヌがぼやけているのか、もう消える時が近いからなのか、それさえも分からなかった。
ルーナの問いに、ルウィーヌは答える。心地良くも小さく、すぐに空気へと消えてしまう声で。その声さえ、もう遠くから聞こえてくるようにあやふやだった。
「何故って、幸せなんですもの。わたしでは、あの人を幸せにできないことはよく分かっていたから。いくら力が強くても、優秀でも、所詮は人とは違う者。国はわたしたち魔術者を使いながら、それでも軽蔑の目を向けていた。異形の者を娶って、幸せになれるわけがないでしょう? ならば、離れていてもあの人が笑ってくれる方がいいって、そう思ってしまったんですもの。近くにいたいと、いて欲しいと思いつつ、二人だけが幸せになることを許せないと言いつつ、それでもやっぱり幸せになって欲しかった」
どこか夢心地で、ルウィーヌは続けた。
「本当にそう思ったの。わたしが幸せになれなくても、異形の者に『大切な人だ』って言ってくれたあの人の幸せを守りたかった。だから、あの人が幸せだったという証――あなたに会えて、嬉しかった。復讐なんて忘れてしまうぐらい」
その言葉を聞き、ルーナは目を見開いて息を呑んだ。そして何かを思い出すように眉を寄せた。一瞬後に、もう一度目を見開き、ルウィーヌに向き直る。
「一つだけ、あなたに言いたいことがあるの!!」
大声で泣き出したい衝動をこらえるような、それを押さえつけるような声。
「おじいちゃん、一年前に亡くなったんだけど。その時にね、あたしに言ったの。『僕は本当に好きな人、一人さえ幸せにはできなかった愚か者だ』って。『彼女から離れることでしか、彼女の幸せを守れなかった。いや、結局は離れてもやはり彼女の運命を狂わせてしまったのだけど。でも、あの時は彼女より、ルーナのおばあちゃんの方が好きだと思ってた。だから、彼女の気持ちを知りつつ、知らないふりをした。だけど、離れてみて初めて、自分が彼女を愛していたことに気が付いたよ』って。あたし、今の今まで何のことか分からなかったけれど、今なら分かる気がする!! きっと、おじいちゃんはきっと、あなたが、あなたのことが――!!」
そこまで言って、ルーナは口を閉じた。ルウィーヌが人差し指をルーナの口元に運び、話せないようにしてしまったから。そしてゆるく首を振り、ルーナの言葉を遮った。
「あの人はきちんと、侍女の娘を愛していたわ。でも、わたしの気持ちにも気付いていたのね。うまく隠した、つもりだったのに」
幼い子どものように、屈託なく笑った。
「わたしからも、言いたいことがあるわ」
穏やかな、穏やか過ぎるその声は――全てを悟った、死期が近付いた人の声。何もかも受け入れるようなその笑みに、もう初めて会った時のような冷たさはなかった。ただ温かくて、安らぐ笑み。
「あの人ね。わたしのことを小さい頃、『ルーナ』って呼んでたの。あなたの名前を聞いた時、まさかとは思ったけれど……。忘れないでいたことがすごく嬉しかったわ」
そう言って、ルーナの頬に触れる。もう触られているという感触さえ、相手に与えられないのね。そう言ってルウィーヌは笑った。
「さようなら、ルーナ。あなたに会えてよかった。本当に……。やっと、あの人に会える」
見つけてくれるかしら? その声はもう聞こえなかった。
「さよなら。優しい、魔女さん」
どうして、二人は離れてしまったのだろう。どうして二人はお互いの気持ちに気が付かなかったのだろう。
彼女は彼の気持ちに。
彼は自分自身の気持ちに。
気が付いたら、何か変わっていたのだろうか。結ばれる、運命には絶対になれなかったのだろうか。そんなに魔術を使う者は忌み嫌われていたのだろうか。
「知りたいよ。知りたくて、たまらない」
どうして二人は――。
「こんなに悲しいの?」
涙が再びあふれ出るのは、二人の胸の内が少しだけ分かってしまったから。そしてルーナはあるものに気が付く。ルウィーヌが座っていた安楽椅子に何か置いてあるのを。
「これ、ロケット?」
そう言って開けてみる。ちょっとした、期待を込めて。そこから現れたのは金髪の穏やかな目を持つ青年と、その青年に寄り添って笑う黒髪の少女だった。
その笑みに、冷たさは一欠片もない。穏やかな、優しい光が満ちているだけだった。少女の肩に回された青年の腕は優し気だ。
『何かを媒体にしないと、魂を縛り付けられなかったの』
唐突にそんな声が聞こえてきて、ルーナは辺りを見回したが、声の正体は掴めなかった。いつの間にか傍にいるマーシュを抱き上げ、ルーナは呟いた。
「こんなに、思いあっていることが分かるのに」
こんなに、互いを大切に思っていたのに……。どうして、すれ違ってしまうの?
それは多分、二人があまりにも愚かで、そして……優しかったから。
これはある国の愚かで優しい二人の物語。
~END~
そこまで言って、ルーナは言葉を止める。いつの間にか、カップから立ち上る香り豊かな湯気は消えていた。そのカップの中身に映る自分を見つめ、ルーナはきゅっと手を握り締めた。
そしてゆっくりと口を開く。
「あたしなら。王子を城から出そうなんて思わない、思えないよ。いくら王子の幸せを願っていても、やっぱりあたしは傍にいたい。たとえ、王子が一生あたしに振り向かないとしても、城に閉じ込められてあたしを憎んでも。王子だけその侍女と幸せに暮らすなんて、許せない――!!」
何かをこらえるようにルーナは言った。それを聞くと、魔女はまたマーシュを撫で始める。そして、物語の続きを語るために口を開いた。
彼女は悩んだわ。昼も夜も関係なく、そのことで一杯だった。でも、答えなんて出なかった。どちらも嫌だったから。どちらかをとれば、どちらかを捨てなければいけないんだもの。
考えれば考えるほど、悩めば悩むほど、そのことしか頭に浮かばなかった。
でもね、ある日王子は彼女を呼び寄せていったの。「手伝わなくていい」って。王子にも分かっていたの、その魔女のこと。
『心優しく、真っ直ぐな魔女』 そう呼んでいたぐらいだから。
彼女がどんなに悩んでいるか。国と自分との間で、どんなに苦しんでいるか。それが分かるのに、どうして魔女の思いに気が付かなかったのかしらね。
彼女は友である自分か、国かで迷っている。
友人を裏切るような人間ではない。
だけど、忠誠を誓う国に背くような人間でもない。
それが痛いほど分かったから、そう言ったのね、きっと。
だけど、皮肉なことにその言葉が引き金になった。彼女の迷っていた心を決める、決定打になってしまったの。王子が自分のことを考えてくれている。その事実が魔女には嬉しかった。
ほんの少しでもいい、彼の心に自分がいることが嬉しかった。
魔女は王子と侍女の身代わりを作り、一週間国を騙した。王が小さな王子の変化に気が付いたのがきっかけだったけれど、それがなかったら、もっと時間が稼げていただろうと王の側近は言った。
そして魔女はその日の内に、捕まった。
彼女は絶対に口を割らなかった。ただ、黙って俯き涙を流すだけだった。王に許しを請うことも、自分の過ちを嘆くこともしなかった。魔女は泣いてはいけないという決まりなのに、彼女は人目をはばからなかった。
怒り狂った王は彼女を殺そうとしたけれど、それでも呪いが怖くて殺せなかった。
「だから、彼女は国を追われ、長い旅に出た。そして最後に――深い森にたどり着き、そこへ屋敷を建て、そこに命をかけて魔術をかけた。ずっと、ずっと先、もしもその王子の孫たち、子孫たちがその近くを通ったら、その屋敷に入るように。そして、殺してしまうように……」
そう言って、魔女は話を締めくくった。そしてルーナを見て笑い、「つまらない話を聞いてくれてありがとう」と呟くように言う。ルーナは黙って首を振り、それから口を開いた。
一つの予想と、疑問を抱きながらそれを魔女にぶつけた。
「あなたの、名前は?」
「ルウィーヌ。ルウィーヌ・レストリス」
囁くように言い、マーシュの頭を撫でた。
「そして、愚かな魔女の名もまた、ルウィーヌ。愚かな魔女というのはわたしのこと。そして、ルーナ。あなたは……、あの人の孫、ね」
小さく、本当に小さく魔女の――ルウィーヌの顔が歪んだ。泣き出す寸前のような顔で、ルーナを見つめる。
「あたしを、殺すの?」
ルーナが問う。その問いに、ルウィーヌは首を振った。
「本当はね、本当はそうだと思った瞬間殺そうと思ったの。でもね、あなたがわたしと同じように考えてくれたから。『王子だけ幸せに暮らすなんて許せない』……わたしも、そう思ったから。いくらあの人を愛していても、そう思う気持ちを止められなかったから。そして、そう思う自分が醜くてしかたがなかったから。だから、嬉しくて殺そうなんて思えなくて」
嬉しそうに少しだけ微笑んだルウィーヌは、マーシュの耳元に唇を近づけ何事か小さく言った。マーシュはその言葉に『ミャウ』と鳴いて答える。そして、ルーナをじっと見やった。
「ルーナ、来てくれてありがとう。あの人の幸せの証が見れて、本当に良かった。もう、あの人の子孫にはあえないかもしれないと思ってた」
その声はとても小さくて、聞こえにくい。泣いているわけでもなく、俯いているわけでもないのに、とても小さかった。まるで死にかけている人間のような。
そこまで考えて、ルーナはハッとした。自らの考えの不吉さに身を振るわせる。それでも。
「ルウィーヌさん?!」
ルウィーヌの体が透けて見え、ルーナは慌てた。今考えていたことが目の前で再現され、自分の考えを打ち消そうとする。その様子にクスリと笑い、ルウィーヌはルーナの瞳をじっと見つめた。
「目的を果たしてしまったからなのね。それか、もうわたしの魔力の期限か……。でも、やっと逝けるのね。実は後悔していたの。自らの魂を、あの人の子孫が来るまで縛り付けたことに……」
歌うように言い、ルーナに手を差し伸べその頬に触れた。しかし、ルーナがその感触を感じることはなかった。
姿が光の粒子へと変わり始め、上へ上へと昇っていく。ルーナは手を伸ばし、ルウィーヌに触れようとして――その手はルウィーヌをすり抜けた。 掴んだと思った光の粒子は手に残ることもない。
金の光に囲まれて、だんだんとぼやけていくルウィーヌは何故かとても幸せそうに見えて、ルーナは涙を流した。
「泣いてはダメよ、ルーナ。わたしは、嬉しいのだから。笑って?」
「無理。そんなこと、無理」
涙が流れ、それを止めようとも思わずルーナは呟いた。それと共に、言いようのない感情が心を支配していく。じわじわと侵食するように。
「何故?! 何故あなたはそんなに……寂しそうな顔をして笑うの? それでも、幸せそうに見えるのは何で?! あたしを、殺したかったのでしょう? それだけが目的で、ここにいたのでしょう? それなのに何故、目的を果たさないままで逝ってしまおうと思うの?!」
涙でルウィーヌがぼやけているのか、もう消える時が近いからなのか、それさえも分からなかった。
ルーナの問いに、ルウィーヌは答える。心地良くも小さく、すぐに空気へと消えてしまう声で。その声さえ、もう遠くから聞こえてくるようにあやふやだった。
「何故って、幸せなんですもの。わたしでは、あの人を幸せにできないことはよく分かっていたから。いくら力が強くても、優秀でも、所詮は人とは違う者。国はわたしたち魔術者を使いながら、それでも軽蔑の目を向けていた。異形の者を娶って、幸せになれるわけがないでしょう? ならば、離れていてもあの人が笑ってくれる方がいいって、そう思ってしまったんですもの。近くにいたいと、いて欲しいと思いつつ、二人だけが幸せになることを許せないと言いつつ、それでもやっぱり幸せになって欲しかった」
どこか夢心地で、ルウィーヌは続けた。
「本当にそう思ったの。わたしが幸せになれなくても、異形の者に『大切な人だ』って言ってくれたあの人の幸せを守りたかった。だから、あの人が幸せだったという証――あなたに会えて、嬉しかった。復讐なんて忘れてしまうぐらい」
その言葉を聞き、ルーナは目を見開いて息を呑んだ。そして何かを思い出すように眉を寄せた。一瞬後に、もう一度目を見開き、ルウィーヌに向き直る。
「一つだけ、あなたに言いたいことがあるの!!」
大声で泣き出したい衝動をこらえるような、それを押さえつけるような声。
「おじいちゃん、一年前に亡くなったんだけど。その時にね、あたしに言ったの。『僕は本当に好きな人、一人さえ幸せにはできなかった愚か者だ』って。『彼女から離れることでしか、彼女の幸せを守れなかった。いや、結局は離れてもやはり彼女の運命を狂わせてしまったのだけど。でも、あの時は彼女より、ルーナのおばあちゃんの方が好きだと思ってた。だから、彼女の気持ちを知りつつ、知らないふりをした。だけど、離れてみて初めて、自分が彼女を愛していたことに気が付いたよ』って。あたし、今の今まで何のことか分からなかったけれど、今なら分かる気がする!! きっと、おじいちゃんはきっと、あなたが、あなたのことが――!!」
そこまで言って、ルーナは口を閉じた。ルウィーヌが人差し指をルーナの口元に運び、話せないようにしてしまったから。そしてゆるく首を振り、ルーナの言葉を遮った。
「あの人はきちんと、侍女の娘を愛していたわ。でも、わたしの気持ちにも気付いていたのね。うまく隠した、つもりだったのに」
幼い子どものように、屈託なく笑った。
「わたしからも、言いたいことがあるわ」
穏やかな、穏やか過ぎるその声は――全てを悟った、死期が近付いた人の声。何もかも受け入れるようなその笑みに、もう初めて会った時のような冷たさはなかった。ただ温かくて、安らぐ笑み。
「あの人ね。わたしのことを小さい頃、『ルーナ』って呼んでたの。あなたの名前を聞いた時、まさかとは思ったけれど……。忘れないでいたことがすごく嬉しかったわ」
そう言って、ルーナの頬に触れる。もう触られているという感触さえ、相手に与えられないのね。そう言ってルウィーヌは笑った。
「さようなら、ルーナ。あなたに会えてよかった。本当に……。やっと、あの人に会える」
見つけてくれるかしら? その声はもう聞こえなかった。
「さよなら。優しい、魔女さん」
どうして、二人は離れてしまったのだろう。どうして二人はお互いの気持ちに気が付かなかったのだろう。
彼女は彼の気持ちに。
彼は自分自身の気持ちに。
気が付いたら、何か変わっていたのだろうか。結ばれる、運命には絶対になれなかったのだろうか。そんなに魔術を使う者は忌み嫌われていたのだろうか。
「知りたいよ。知りたくて、たまらない」
どうして二人は――。
「こんなに悲しいの?」
涙が再びあふれ出るのは、二人の胸の内が少しだけ分かってしまったから。そしてルーナはあるものに気が付く。ルウィーヌが座っていた安楽椅子に何か置いてあるのを。
「これ、ロケット?」
そう言って開けてみる。ちょっとした、期待を込めて。そこから現れたのは金髪の穏やかな目を持つ青年と、その青年に寄り添って笑う黒髪の少女だった。
その笑みに、冷たさは一欠片もない。穏やかな、優しい光が満ちているだけだった。少女の肩に回された青年の腕は優し気だ。
『何かを媒体にしないと、魂を縛り付けられなかったの』
唐突にそんな声が聞こえてきて、ルーナは辺りを見回したが、声の正体は掴めなかった。いつの間にか傍にいるマーシュを抱き上げ、ルーナは呟いた。
「こんなに、思いあっていることが分かるのに」
こんなに、互いを大切に思っていたのに……。どうして、すれ違ってしまうの?
それは多分、二人があまりにも愚かで、そして……優しかったから。
これはある国の愚かで優しい二人の物語。
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