いつきが日々を綴ります。日々のぐだぐだを語ったりしてます。時々本の感想が紛れ込んでたりするかもです。
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目に入るのは、真っ白な雪がうっすらと積もっている茶色いレンガ。
頬に感じるのは女の暖かな体温とねっとりとした生暖かい液体。
むっとするような血の臭いがするのに、自分はどこも痛くないのを不審に思い恐る恐る目を開く。ゆっくりとぼんやりとした視界がはっきりとしていく。
ありえない色が目に入りティアはハッと息を呑んだ。ティアの色あせた白色のドレスと、うっすらと白く雪の積もる茶色いレンガが緋に染まっていた。
白い雪が血溜りに落ち、緋に染まる前に溶けていく様子をどこか他人事のように見ている。
カランという何かが落ちた音を合図に振り向く。
「ア……レ、ク?」
目に映る後姿は見慣れたものだった。黒い上質な制服の上に新人騎士特有の白いマントを羽織っている。
しかし、"新人騎士の期間は、何色にも染まらず、ありのままの騎士の姿を学べ"と言う教えの元、身に着けることが義務付けられている白いマントは肩口から大きく破れ、緋に染まっている。
ぽたり、ぽたりと垂れ下がった左腕からは血が流れ出し、指先から落ちる。懸命に右手で抑えてはいるものの、効果は見られない。滴る血がレンガに模様を描いていた。その鮮やかさに、一瞬ティアは息を呑んだ。
知らず知らずの内に名前を読んでいた、恐怖と驚きでかすれた声に呼ばれた相手は顔をしかめながらこちらを振り向く。
「あれだけ大人しくして下さいと常日頃から言っているのに……」
呆れるような怒るような、それでも少しだけ声に安堵を混ぜた、そんな声でアレクはティアに呼びかけた。こんな時まで敬語で。
一方男は血を見て酔いが一気に醒めたようだ。先程まで持っていた血まみれの刃物とアレクの肩の血を見て一目散に逃げていった。
それからのティアの記憶はあやふやではっきりとしたことは何も覚えていなかった。
はっきりと記憶があるのは、アレクの容態が落ち着き、ベッドで寝ているところだ。
血に染まったままの緋色のドレスは今ではもう赤黒く変色している。外は真っ暗で、随分と長い間アレクの傍にいたのだと思った。
アレクの苦しむような表情を見るのが嫌で、ティアはベッドから背を向け、この国の守護女神であるレイティアに祈っていた。
「連れて行かないでください。お願いです。まだ、まだアレクには……しなくちゃいけないことがあって、この国を守ることが、アレクの目標で……」
なんと言っているのか自分でも分からず、だけど必死にティアは言葉を紡いだ。紡いでいないと、アレクがどこかへ言ってしまいそうで、それが怖かった。その時だ。
「リシティア……様」
後ろから小さな声で呼びかけられる。無意識に体が硬くなって、思うように振り返れなかった。
どんな顔をして、アレクを見ればいい?
ティア自身の所為で怪我を負ったのに。
そこでやっと思い当たった。
わたしの傍にいるのがいけないんだと。アレクは本来騎士になるような身分じゃないんだと。そう思うと少しだけ、心の中が沈んだ。
「ごめんね。アレク」
口から出た声は、ティア自身でも驚くぐらい低く、無表情だった。何か言わなくてはと、アレクのベッドの傍に膝をついた。
それでも何と言っていいか分からなくて、結局何も出てこずにこれ以上一緒にいると泣いてしまいそうになった。それを誤魔化したくて、ドレスを翻し、扉の前に立つ。
その時になってやっと言葉が出てきた。知らず、口から出てきた言葉。
「アレク、あなたをボールウィン家に帰します。本来あなたは公爵家の次男として、お兄様を支え、領地を整える人間です。護衛騎士になるような身分ではありません。ボールウィン大臣もきっとあなたの身を心配しているでしょう。もちろん、貴方のお兄様でもある、セシル様もです。だから」
そこからは何故か言葉が出てこなかった。事務的な声に感情が見え隠れしそうで、本当は遠い、ボールウィン家に帰って欲しくないのが分かってしまいそうだった。
もうここで別れれば社交界という、狭い世界でしか会えないのは目に見えている。それでも、自分の所為で傷つくのは見たくなかった。それがたとえ、アレクの夢を壊すことになっても。
自分の自己満足でしかなかったとしても。
自分の……独りよがりだったとしても。自分自身の心を無視するように、ティアはさらに言い募った。
「あなたは……守られる人間であって、決して守る人間ではないのです。わたしを守るより、自分を守ればいいのよ」
ぐっと手に力を込めて、言い切った。アレクは無表情にこちらを見ている。心なしか表情が少し硬かった。当然だろう、国と王のために日々頑張ってきたのに、いきなり何の関係もない姫に帰れと言われる。
それでもティアは気にせず、扉から出て行こうとした。
「私は、あなたを守ります。あなたを守る、この仕事は私が唯一命を落としてもよいと思える使命なのですから」
驚いて振り返った。子供の頃とでは比べ物にならないけれど、最近見ていなかった微笑がそこにあった。
冷たい、氷の貴族様と呼ばれ、どんなに貴婦人から熱心に話しかけられても必要以上の会話をしないアレクの笑顔が、実はとても優しくて暖かいと知っているのは、ティアだけだった。
「だからって……。わたしは……」
そこまで言って何もいえず、慌ててティアは扉から出た。命を落として欲しくない、死んで欲しくないと思いつつ、それでも守りたいと言われればどう反応していいのか分からなかった。
頬に感じるのは女の暖かな体温とねっとりとした生暖かい液体。
むっとするような血の臭いがするのに、自分はどこも痛くないのを不審に思い恐る恐る目を開く。ゆっくりとぼんやりとした視界がはっきりとしていく。
ありえない色が目に入りティアはハッと息を呑んだ。ティアの色あせた白色のドレスと、うっすらと白く雪の積もる茶色いレンガが緋に染まっていた。
白い雪が血溜りに落ち、緋に染まる前に溶けていく様子をどこか他人事のように見ている。
カランという何かが落ちた音を合図に振り向く。
「ア……レ、ク?」
目に映る後姿は見慣れたものだった。黒い上質な制服の上に新人騎士特有の白いマントを羽織っている。
しかし、"新人騎士の期間は、何色にも染まらず、ありのままの騎士の姿を学べ"と言う教えの元、身に着けることが義務付けられている白いマントは肩口から大きく破れ、緋に染まっている。
ぽたり、ぽたりと垂れ下がった左腕からは血が流れ出し、指先から落ちる。懸命に右手で抑えてはいるものの、効果は見られない。滴る血がレンガに模様を描いていた。その鮮やかさに、一瞬ティアは息を呑んだ。
知らず知らずの内に名前を読んでいた、恐怖と驚きでかすれた声に呼ばれた相手は顔をしかめながらこちらを振り向く。
「あれだけ大人しくして下さいと常日頃から言っているのに……」
呆れるような怒るような、それでも少しだけ声に安堵を混ぜた、そんな声でアレクはティアに呼びかけた。こんな時まで敬語で。
一方男は血を見て酔いが一気に醒めたようだ。先程まで持っていた血まみれの刃物とアレクの肩の血を見て一目散に逃げていった。
それからのティアの記憶はあやふやではっきりとしたことは何も覚えていなかった。
はっきりと記憶があるのは、アレクの容態が落ち着き、ベッドで寝ているところだ。
血に染まったままの緋色のドレスは今ではもう赤黒く変色している。外は真っ暗で、随分と長い間アレクの傍にいたのだと思った。
アレクの苦しむような表情を見るのが嫌で、ティアはベッドから背を向け、この国の守護女神であるレイティアに祈っていた。
「連れて行かないでください。お願いです。まだ、まだアレクには……しなくちゃいけないことがあって、この国を守ることが、アレクの目標で……」
なんと言っているのか自分でも分からず、だけど必死にティアは言葉を紡いだ。紡いでいないと、アレクがどこかへ言ってしまいそうで、それが怖かった。その時だ。
「リシティア……様」
後ろから小さな声で呼びかけられる。無意識に体が硬くなって、思うように振り返れなかった。
どんな顔をして、アレクを見ればいい?
ティア自身の所為で怪我を負ったのに。
そこでやっと思い当たった。
わたしの傍にいるのがいけないんだと。アレクは本来騎士になるような身分じゃないんだと。そう思うと少しだけ、心の中が沈んだ。
「ごめんね。アレク」
口から出た声は、ティア自身でも驚くぐらい低く、無表情だった。何か言わなくてはと、アレクのベッドの傍に膝をついた。
それでも何と言っていいか分からなくて、結局何も出てこずにこれ以上一緒にいると泣いてしまいそうになった。それを誤魔化したくて、ドレスを翻し、扉の前に立つ。
その時になってやっと言葉が出てきた。知らず、口から出てきた言葉。
「アレク、あなたをボールウィン家に帰します。本来あなたは公爵家の次男として、お兄様を支え、領地を整える人間です。護衛騎士になるような身分ではありません。ボールウィン大臣もきっとあなたの身を心配しているでしょう。もちろん、貴方のお兄様でもある、セシル様もです。だから」
そこからは何故か言葉が出てこなかった。事務的な声に感情が見え隠れしそうで、本当は遠い、ボールウィン家に帰って欲しくないのが分かってしまいそうだった。
もうここで別れれば社交界という、狭い世界でしか会えないのは目に見えている。それでも、自分の所為で傷つくのは見たくなかった。それがたとえ、アレクの夢を壊すことになっても。
自分の自己満足でしかなかったとしても。
自分の……独りよがりだったとしても。自分自身の心を無視するように、ティアはさらに言い募った。
「あなたは……守られる人間であって、決して守る人間ではないのです。わたしを守るより、自分を守ればいいのよ」
ぐっと手に力を込めて、言い切った。アレクは無表情にこちらを見ている。心なしか表情が少し硬かった。当然だろう、国と王のために日々頑張ってきたのに、いきなり何の関係もない姫に帰れと言われる。
それでもティアは気にせず、扉から出て行こうとした。
「私は、あなたを守ります。あなたを守る、この仕事は私が唯一命を落としてもよいと思える使命なのですから」
驚いて振り返った。子供の頃とでは比べ物にならないけれど、最近見ていなかった微笑がそこにあった。
冷たい、氷の貴族様と呼ばれ、どんなに貴婦人から熱心に話しかけられても必要以上の会話をしないアレクの笑顔が、実はとても優しくて暖かいと知っているのは、ティアだけだった。
「だからって……。わたしは……」
そこまで言って何もいえず、慌ててティアは扉から出た。命を落として欲しくない、死んで欲しくないと思いつつ、それでも守りたいと言われればどう反応していいのか分からなかった。
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