いつきが日々を綴ります。日々のぐだぐだを語ったりしてます。時々本の感想が紛れ込んでたりするかもです。
終わりまであと少しです。あと2話ぐらいですかね? それが終わったら、大急ぎで『勿忘草』を載せます。
多分、中編ぐらいなので(もともと短編のつもりだったのに)10話前後で終わると思います。
それが終われば、トリップモノ~~。色々萌え(?)を詰め込みつつ、妄想詰め込みつつ、考えております。(まだ下書きもしてませんが、アイディアだけは一杯です)
今回は長い上に、流血シーンがあるので、苦手な方はご注意です。またまた変なところで切ってしまってごめんなさい。どうやって切ろうか迷ったんですけど……。
多分、中編ぐらいなので(もともと短編のつもりだったのに)10話前後で終わると思います。
それが終われば、トリップモノ~~。色々萌え(?)を詰め込みつつ、妄想詰め込みつつ、考えております。(まだ下書きもしてませんが、アイディアだけは一杯です)
今回は長い上に、流血シーンがあるので、苦手な方はご注意です。またまた変なところで切ってしまってごめんなさい。どうやって切ろうか迷ったんですけど……。
+ + + + + + + + + +
「リシティア姫様……。ノルセス大臣が謀叛の疑いで警備隊に捕縛されました!!」
最近ティアに使える部署に来たばかりの侍女は冴えないみつあみをばっさりと切り、可愛らしくなった。その侍女が焦ったように扉を開け、大きな声で言う。
それと同時に『騒がしいですよ!! ティア姫の御前だということをお忘れですか!』とイリサの怒声が飛ぶ。
「かまわないわ。イリサ。その子もそれだけ驚いたのね」
ティアは優しく微笑むと、ドレスの裾を翻し部屋を出る。今度ばかりはイリサも何も言わなかった。
カツカツカツ、決して高くない靴のはずなのに、ヒールの部分が前へ進むたびに鳴る。
足音が大きいなんてはしたない、と良家の子女が見れば眉を顰めるであろう、その行動を咎める者などいない。咎める余裕などすでに皆持ち合わせていなかった。
議会の間は知らせを受けた大臣が集まって、それぞれが小さく慌ただしく話をしている。それらに埋もれるようにしてアレクとエイルもいた。
ティアが一歩、踏み出す。
"カツ"
と、また大きく音が響いた。大臣たちの話し声の所為で響かないようなヒールの音が嘘のように部屋中に浸透していく。
途端、ざわついていた部屋は静寂に包まれ、大臣や官吏は跪き、玉座までの道が一気に開く。
ティアはそれを一瞥もすることなく足を進めた。
コツ……コツ……。先程まで荒々しかった足音からは想像できない穏やかな足音。小さい音しか聞こえない。
取ってつけたような優雅さで玉座に座ると、やっと大臣たちに目をくれた。
「頭を上げよ」
その声が全体に行き渡る前に大臣たちが一斉にティアを見つめる。それを見てティアは口元にだけ笑いを浮かべた。大臣たちはじっとティアの声を待つ。
「皆の意見が聞きたい」
何に対して……とは言わない。わざと、言わない。言わなくても大臣たちは口々に言い募った。
「裁きを」
「制裁を」
「罰を……」
「刑を……」
「死を……」
「「「「「姫様の御名において」」」」」
その答えをティアは少なからず予想していた。大臣たちの後ろにいる二人を見やり、それでも表情一つ変えず、大臣たちに向き直った。そして、ゆっくりと一つ、頷いた。
「それでは、向かおうか? 裏切り者の元へ」
玉座から立ち上がるティアに大臣たちは口々に言う。
「「「「おおせのままに、我が次期王」」」」
大臣たちは頭を下げ、ティアの後ろについた。
『裁きの間』王宮の地下にある普段では使うことのない部屋。窓もなければ光も入ってこない。重罪を犯した人間を裁き、死に追いやる場所。
数十年使われることのなかった部屋。ユリアス王が即位してすぐは、謀叛が相次ぎ……何十人と言う人間の死を送り出してきた。
しかしここ数十年はユリアス王の良政が続き、この部屋を使うような事態など起こったこともなかった。
ティア自身……、自分が生きている間に一回、入るかどうかだと思っていた。
もしかしたら一生入らないまま人生を過ごすかもしれないとも思っていた。また、入るとしても……もっと遠い未来の話だと思っていた。
無駄な装飾は一切なく、冷え冷えとした雰囲気に包まれる。
岩から切り出したばかりのようなゴツゴツとした壁と大理石の机と椅子。そして一番高いところには大きくて、一際目立つ玉座がある。
ティアは息を小さく呑むと一歩を踏み出した。
大臣たちは物言わず、席に着く。全員が席に着いたところでエイルがノルセス大臣を引き連れてきた。
粗末な服とあちらこちらにつく血。その顔は苦しみと疲労感に彩られ、生気も何もない。しかし、虚ろな瞳がティアを捉えた瞬間、その顔に憎しみの表情が加わった。声を出すことなく、しかし絶対的な悪意を持って。
ノルセス大臣……いや、もう大臣の職を失ったただの貴族は玉座か三、四m離れたところへ跪かされた。
「カロス・ノルセス」
今までにないほど冷たく、低い声。決して大きくない声は、しかし部屋全体に届く。
「お前はわたしと、この国を裏切り、己の利潤に溺れた」
ティア以外の音は何一つない。
「王族に反旗を翻す者――之、重罪なり。その者に、未来はなく……その身を以って、その罪を償うべし。わたしの、リシティア・オーティス・ルラ・リッシスクの名において……。カロス・ノルセスの死刑執行を許可する」
その声に、その顔に、その胸に……。悲しみが映ったが分かった人間は一人しかいない。
「エイル隊長」
小さくティアが呼ぶ。エイルは傍にいた兵士にノルセスを縛っている縄を渡し、ティアに近づく。
人の手から縄が離れたのは、本当に一瞬。……しかし、今のノルセスには十分な時間だった。
ノルセスが兵士に体当たりし、兵士の手から縄が離れる。体当たりした瞬間、ノルセスは兵士から剣を奪った。エイルが慌てて戻るが、一拍遅く……むなしく手は宙を掴む。
他の大臣たちが何か叫んでいるのは認識できるものの、ティアの耳には何も入ってこない。ただ呆然とノルセスを見ていた。
「逃げろ!!」
なのに何で……この声だけは鮮明に聞こえるんだろう。周囲があやふやな中その声だけは何故かはっきりと聞こえる。
誰の……声だっけ?
ノルセスが剣を構える。ギラリと裁きの間の淡い照明が剣に反射して、明るい色を放つ。昔の思い出が脳裏を駆け巡った。
この光景はいつかの……? 見たことあるのに……あれはいつだった……? 確かあれは……五年前の……?
嫌な思い出。忘れたくて、記憶を消したいくらい嫌で……。
それでも……守りたいものが分かった事件。
ギラリと輝く刃物。恐怖に染まる女の顔。そのどれもがつい昨日のことのように思い出される。
あの時の男の表情にノルセスの顔が重なった。手には剣……。あの恐怖が蘇り、懐にある小剣さえ思いつかない。
「逃げろ!!」
もう一度、あの声が聞こえる。あの時には聞こえなかった声。しかしティアの体は動かない。動けない。目の前にはもうノルセスがいる。"助からない"それが直感で分かった。
しかし突如、黒いものに包まれた。
親しみのある、優しいぬくもり……。あの時の光景がフラッシュバックのように再び脳裏を駆ける。
迫ってくる男。必死に走るティア自身。光る刃物。そして……頬に感じる、ねっとりとした生暖かい血。緋色の花を咲かせる――白いドレス。
「アレク……」
そう呼ぶ声が、重なった。あの頃の自分の声と。ヒクリと喉が鳴る。息が一瞬詰まった。息が吸えず呼吸が出来ない。
しかし次の瞬間、恐怖に思考が捕らわれた。火のついたような悲鳴が口から出る。
「いやあぁぁぁぁ!!!」
自分を包む黒い衣を掴んだまま、崩れ落ちるように膝をついた。ティアには何も見えていないはずなのに……。
ティアをかばったアレクが……どうなったかなんて……見えないはずなのに。
「やっ……。やぁぁぁぁ!!」
ドクドクと頭の中の血が音を立てて流れる。耳元でなるその音が、ひどく煩い。自分の声さえひどく遠く感じた。
何をしているのか、何がしたいのか、ティアにはもうそれを考えるだけの思考が残っていなかった。
ただ叫び続けた。叫ぶことで無意識にある事実から目を逸らせたかった。
それでも……それでも涙を流さないのは最後に残っているプライドか自制心か。
ガクリと跪いていた体が完全に床へ座る。それと同時に体を包んでいた黒いものも離れた。
「リシティア様」
左頬に少し冷たい手が触れる。輪郭を確かめるような触り方だった。その声と感触がティアを正気へ一気に引き戻す。ティアはゆっくりと顔を上げ、アレクを見つめた。
「アレ……ク?」
ひどくかすれた声にアレクは眉を下げた。そして小さく「私から離れて下さい」とティアの体を押し返す。力の抜けたティアの体は驚くほどスムーズにアレクから離れた。
その時になってようやく。
「リシティア姫!! 御無事にございますか?!」
と大臣たちの声が聞こえた。しかしティアには聞こえてもそんなことは関係なかった。
「アレク? どうし……」
そこでティアの思考が再び止まる。自分の薄い、白青色のドレスがいつの間にか緋色に染まっていたから……。いつかのように、滅多に目に入らない、鮮やかな緋色が視界を染める。
「アレク!!」
もう答える声はなく、大臣たちもようやくティアからアレクに心配の矛先を変えた。
「アレク殿?!」
「ノルセスを見事斬ったのではなかったのか?」
「ノルセスが刺したのか!?」
様々な声が四方から飛び交い、ティアは声なく立っている。
「姫様、退いて下さい」
丁寧だけれど、抗えないような強い力でアレクから引き離される。ティアは抵抗さえせず、大人しく離れた。エイルの声もひどく震えている。
「おい、アレク!! 意識飛ばしたら殺すぞ!!」
自分の黒いマントを手早く外し、傷口をきつく締め上げる。――黒い布は瞬く間に血を吸い、禍々しい黒へと変わっていく。
あまり色は変わらないのに……湿って、重くなっただけのようにしか見えないのに……。黒の中に仄かな紅い色が混じる。エイルはそれを見て舌打ちをした。
「医者はまだなのか?!」
荒々しい声に大臣たちは首を振って答えた。バタバタと騒がしい足音と叫ぶような大きな声……。
裁きの間が先程とは打って変わり、煩くなる。ティアはその波に流されることなく、しかし今にも倒れそうなくらい弱々しく立っていた。
先程の狂ったような悲鳴を思い出し、ティアは奥歯を目一杯噛みしめ、声をせき止めた。これ以上冷静さを欠けば、大臣たちを不安にさせる。
皆が一番不安な時に、王族はしっかりしなければならない。そうしなければ、即ちそれはそのまま国の亡滅へと繋がる。
ティアたちが……一番しっかりしなければいけない時は、一番苦しくて動転して、どうにもならなさそうな時だ。
こんな時まで国のことを考えている自分に驚きつつ自嘲した。どうしてこうなんだろうと……とティアは口の中で呟く。
『どうして……。なんでこうまでしてわたしは、この国を守っているのだろう……』
しかしその問いはアレクの声でかき消された。
「エ……ル。リ……ティア、様は……?」
「無事だよ。どっかの馬鹿の無茶なお蔭でな」
エイルがティアの方を向き、そっと手招きする。その手に吸い寄せられるようにティアはアレクの傍らに膝をついた。
「アレク?」
呼びかけるとアレクの顔がティアの方を向く。なのにその目はティアの目とは会わず……他のものさえ映してはいない。
「リシティア様……」
吐息と一緒に漏れるような声。それと共に赤い霧が散りティアは目を見開き、そっとアレクの手に自分の手を重ねた。
アレクの声はいつも少し高くて、がっしりとした低い声の騎士たちの中でも一際よく聞こえた。
騎士になった者たちの中には、家が貧しくて家の為に王宮へ入ったと言う人間が多く、様々な地方の訛りが聞こえる。それだけに訛りの一切ない、綺麗な音はとても耳に心地よくって……。
自分の回りに居る人間は誰もが王都育ちで、訛りなんてないのだけどアレクの紡ぐ言葉だけは、特別綺麗に聞こえた。
そんなことをぼんやりと考える。
それでももう――そんな声は聞こえてこなくて、何かが詰まったようなくぐもった声しか聞こえてこない。
ティアはアレクの手を握ることでしか、アレクの呼びかけに答えられなかった。
口を開けば、多分取り返しのつかない言葉を言ってしまうだろうと自覚している。
「離れて下さい」
弱々しく手が振られた。力を殆ど入れていない右手はアレクの手からあっけなく外れた。ティアの口が。
「え?」
と動くが声は出ず、代わりに小さな息が漏れた。
「どうして……そんなこと……」
言葉が続かない。
「血が……穢れが、リシティア様に……」
その言葉にティアの感情の押さえが切れた。感情が器から溢れ出す。
「どうして!!」
かすれて、痛々しいほど震える声。
「そんなこと言うの?! 思うの?!」
幼くて、余裕のない口調に大臣たちは次々と席を立っていく。もう見ていられないというように目を逸らして、悲しげに眉を顰めて医師やその他のことを確認すると言って裁きの間から出て行く。
大臣たちは目に入れることを拒んだ。目を見張るような鮮やかな緋の海で、ドレスを染める幼さの残る姫は何故かとても美しく……そして禍々しい。不吉なものの象徴のように……。
二人の将来が、気持ちが容易く想像できて……、痛くて苦しかったのだ……。
「アレクが守ってくれたからわたしは助かったのに……。なのにアレクの血が穢れだと言うの?! それがもし……本気の言葉なら、わたしは本当にあなたを切り捨てるわ!!」
その時医師がやっと到着し、ティアは無理矢理引き剥がされる。ティアは放心したように医師に体を任せた。そしてアレクに向かって言う。
「わたしはもう……汚れている。あなたがいう『穢れ』を受けているわ。ドレスではなく、手ではなく……それは心、よ。
五年前、あなたに庇われて助かった、あの日から!! わたしの心は血で汚れ、償うことも消すこともできない罪を負った。一生背負い続けなければいけない、いいえ、背負い続けていても、死んでも消えない罪を追った。
あなたを犠牲にしてまで助かったその時から、わたしはもうすでに罪に犯されている!! そうでしょう?! それがこれで二回目……。わたしは五年前のことを後悔しながら……同じ過ちを……犯してしまった」
アレクが大きく目を見開き、何ごとか口を動かしたがそこで意識を閉ざした。
最近ティアに使える部署に来たばかりの侍女は冴えないみつあみをばっさりと切り、可愛らしくなった。その侍女が焦ったように扉を開け、大きな声で言う。
それと同時に『騒がしいですよ!! ティア姫の御前だということをお忘れですか!』とイリサの怒声が飛ぶ。
「かまわないわ。イリサ。その子もそれだけ驚いたのね」
ティアは優しく微笑むと、ドレスの裾を翻し部屋を出る。今度ばかりはイリサも何も言わなかった。
カツカツカツ、決して高くない靴のはずなのに、ヒールの部分が前へ進むたびに鳴る。
足音が大きいなんてはしたない、と良家の子女が見れば眉を顰めるであろう、その行動を咎める者などいない。咎める余裕などすでに皆持ち合わせていなかった。
議会の間は知らせを受けた大臣が集まって、それぞれが小さく慌ただしく話をしている。それらに埋もれるようにしてアレクとエイルもいた。
ティアが一歩、踏み出す。
"カツ"
と、また大きく音が響いた。大臣たちの話し声の所為で響かないようなヒールの音が嘘のように部屋中に浸透していく。
途端、ざわついていた部屋は静寂に包まれ、大臣や官吏は跪き、玉座までの道が一気に開く。
ティアはそれを一瞥もすることなく足を進めた。
コツ……コツ……。先程まで荒々しかった足音からは想像できない穏やかな足音。小さい音しか聞こえない。
取ってつけたような優雅さで玉座に座ると、やっと大臣たちに目をくれた。
「頭を上げよ」
その声が全体に行き渡る前に大臣たちが一斉にティアを見つめる。それを見てティアは口元にだけ笑いを浮かべた。大臣たちはじっとティアの声を待つ。
「皆の意見が聞きたい」
何に対して……とは言わない。わざと、言わない。言わなくても大臣たちは口々に言い募った。
「裁きを」
「制裁を」
「罰を……」
「刑を……」
「死を……」
「「「「「姫様の御名において」」」」」
その答えをティアは少なからず予想していた。大臣たちの後ろにいる二人を見やり、それでも表情一つ変えず、大臣たちに向き直った。そして、ゆっくりと一つ、頷いた。
「それでは、向かおうか? 裏切り者の元へ」
玉座から立ち上がるティアに大臣たちは口々に言う。
「「「「おおせのままに、我が次期王」」」」
大臣たちは頭を下げ、ティアの後ろについた。
『裁きの間』王宮の地下にある普段では使うことのない部屋。窓もなければ光も入ってこない。重罪を犯した人間を裁き、死に追いやる場所。
数十年使われることのなかった部屋。ユリアス王が即位してすぐは、謀叛が相次ぎ……何十人と言う人間の死を送り出してきた。
しかしここ数十年はユリアス王の良政が続き、この部屋を使うような事態など起こったこともなかった。
ティア自身……、自分が生きている間に一回、入るかどうかだと思っていた。
もしかしたら一生入らないまま人生を過ごすかもしれないとも思っていた。また、入るとしても……もっと遠い未来の話だと思っていた。
無駄な装飾は一切なく、冷え冷えとした雰囲気に包まれる。
岩から切り出したばかりのようなゴツゴツとした壁と大理石の机と椅子。そして一番高いところには大きくて、一際目立つ玉座がある。
ティアは息を小さく呑むと一歩を踏み出した。
大臣たちは物言わず、席に着く。全員が席に着いたところでエイルがノルセス大臣を引き連れてきた。
粗末な服とあちらこちらにつく血。その顔は苦しみと疲労感に彩られ、生気も何もない。しかし、虚ろな瞳がティアを捉えた瞬間、その顔に憎しみの表情が加わった。声を出すことなく、しかし絶対的な悪意を持って。
ノルセス大臣……いや、もう大臣の職を失ったただの貴族は玉座か三、四m離れたところへ跪かされた。
「カロス・ノルセス」
今までにないほど冷たく、低い声。決して大きくない声は、しかし部屋全体に届く。
「お前はわたしと、この国を裏切り、己の利潤に溺れた」
ティア以外の音は何一つない。
「王族に反旗を翻す者――之、重罪なり。その者に、未来はなく……その身を以って、その罪を償うべし。わたしの、リシティア・オーティス・ルラ・リッシスクの名において……。カロス・ノルセスの死刑執行を許可する」
その声に、その顔に、その胸に……。悲しみが映ったが分かった人間は一人しかいない。
「エイル隊長」
小さくティアが呼ぶ。エイルは傍にいた兵士にノルセスを縛っている縄を渡し、ティアに近づく。
人の手から縄が離れたのは、本当に一瞬。……しかし、今のノルセスには十分な時間だった。
ノルセスが兵士に体当たりし、兵士の手から縄が離れる。体当たりした瞬間、ノルセスは兵士から剣を奪った。エイルが慌てて戻るが、一拍遅く……むなしく手は宙を掴む。
他の大臣たちが何か叫んでいるのは認識できるものの、ティアの耳には何も入ってこない。ただ呆然とノルセスを見ていた。
「逃げろ!!」
なのに何で……この声だけは鮮明に聞こえるんだろう。周囲があやふやな中その声だけは何故かはっきりと聞こえる。
誰の……声だっけ?
ノルセスが剣を構える。ギラリと裁きの間の淡い照明が剣に反射して、明るい色を放つ。昔の思い出が脳裏を駆け巡った。
この光景はいつかの……? 見たことあるのに……あれはいつだった……? 確かあれは……五年前の……?
嫌な思い出。忘れたくて、記憶を消したいくらい嫌で……。
それでも……守りたいものが分かった事件。
ギラリと輝く刃物。恐怖に染まる女の顔。そのどれもがつい昨日のことのように思い出される。
あの時の男の表情にノルセスの顔が重なった。手には剣……。あの恐怖が蘇り、懐にある小剣さえ思いつかない。
「逃げろ!!」
もう一度、あの声が聞こえる。あの時には聞こえなかった声。しかしティアの体は動かない。動けない。目の前にはもうノルセスがいる。"助からない"それが直感で分かった。
しかし突如、黒いものに包まれた。
親しみのある、優しいぬくもり……。あの時の光景がフラッシュバックのように再び脳裏を駆ける。
迫ってくる男。必死に走るティア自身。光る刃物。そして……頬に感じる、ねっとりとした生暖かい血。緋色の花を咲かせる――白いドレス。
「アレク……」
そう呼ぶ声が、重なった。あの頃の自分の声と。ヒクリと喉が鳴る。息が一瞬詰まった。息が吸えず呼吸が出来ない。
しかし次の瞬間、恐怖に思考が捕らわれた。火のついたような悲鳴が口から出る。
「いやあぁぁぁぁ!!!」
自分を包む黒い衣を掴んだまま、崩れ落ちるように膝をついた。ティアには何も見えていないはずなのに……。
ティアをかばったアレクが……どうなったかなんて……見えないはずなのに。
「やっ……。やぁぁぁぁ!!」
ドクドクと頭の中の血が音を立てて流れる。耳元でなるその音が、ひどく煩い。自分の声さえひどく遠く感じた。
何をしているのか、何がしたいのか、ティアにはもうそれを考えるだけの思考が残っていなかった。
ただ叫び続けた。叫ぶことで無意識にある事実から目を逸らせたかった。
それでも……それでも涙を流さないのは最後に残っているプライドか自制心か。
ガクリと跪いていた体が完全に床へ座る。それと同時に体を包んでいた黒いものも離れた。
「リシティア様」
左頬に少し冷たい手が触れる。輪郭を確かめるような触り方だった。その声と感触がティアを正気へ一気に引き戻す。ティアはゆっくりと顔を上げ、アレクを見つめた。
「アレ……ク?」
ひどくかすれた声にアレクは眉を下げた。そして小さく「私から離れて下さい」とティアの体を押し返す。力の抜けたティアの体は驚くほどスムーズにアレクから離れた。
その時になってようやく。
「リシティア姫!! 御無事にございますか?!」
と大臣たちの声が聞こえた。しかしティアには聞こえてもそんなことは関係なかった。
「アレク? どうし……」
そこでティアの思考が再び止まる。自分の薄い、白青色のドレスがいつの間にか緋色に染まっていたから……。いつかのように、滅多に目に入らない、鮮やかな緋色が視界を染める。
「アレク!!」
もう答える声はなく、大臣たちもようやくティアからアレクに心配の矛先を変えた。
「アレク殿?!」
「ノルセスを見事斬ったのではなかったのか?」
「ノルセスが刺したのか!?」
様々な声が四方から飛び交い、ティアは声なく立っている。
「姫様、退いて下さい」
丁寧だけれど、抗えないような強い力でアレクから引き離される。ティアは抵抗さえせず、大人しく離れた。エイルの声もひどく震えている。
「おい、アレク!! 意識飛ばしたら殺すぞ!!」
自分の黒いマントを手早く外し、傷口をきつく締め上げる。――黒い布は瞬く間に血を吸い、禍々しい黒へと変わっていく。
あまり色は変わらないのに……湿って、重くなっただけのようにしか見えないのに……。黒の中に仄かな紅い色が混じる。エイルはそれを見て舌打ちをした。
「医者はまだなのか?!」
荒々しい声に大臣たちは首を振って答えた。バタバタと騒がしい足音と叫ぶような大きな声……。
裁きの間が先程とは打って変わり、煩くなる。ティアはその波に流されることなく、しかし今にも倒れそうなくらい弱々しく立っていた。
先程の狂ったような悲鳴を思い出し、ティアは奥歯を目一杯噛みしめ、声をせき止めた。これ以上冷静さを欠けば、大臣たちを不安にさせる。
皆が一番不安な時に、王族はしっかりしなければならない。そうしなければ、即ちそれはそのまま国の亡滅へと繋がる。
ティアたちが……一番しっかりしなければいけない時は、一番苦しくて動転して、どうにもならなさそうな時だ。
こんな時まで国のことを考えている自分に驚きつつ自嘲した。どうしてこうなんだろうと……とティアは口の中で呟く。
『どうして……。なんでこうまでしてわたしは、この国を守っているのだろう……』
しかしその問いはアレクの声でかき消された。
「エ……ル。リ……ティア、様は……?」
「無事だよ。どっかの馬鹿の無茶なお蔭でな」
エイルがティアの方を向き、そっと手招きする。その手に吸い寄せられるようにティアはアレクの傍らに膝をついた。
「アレク?」
呼びかけるとアレクの顔がティアの方を向く。なのにその目はティアの目とは会わず……他のものさえ映してはいない。
「リシティア様……」
吐息と一緒に漏れるような声。それと共に赤い霧が散りティアは目を見開き、そっとアレクの手に自分の手を重ねた。
アレクの声はいつも少し高くて、がっしりとした低い声の騎士たちの中でも一際よく聞こえた。
騎士になった者たちの中には、家が貧しくて家の為に王宮へ入ったと言う人間が多く、様々な地方の訛りが聞こえる。それだけに訛りの一切ない、綺麗な音はとても耳に心地よくって……。
自分の回りに居る人間は誰もが王都育ちで、訛りなんてないのだけどアレクの紡ぐ言葉だけは、特別綺麗に聞こえた。
そんなことをぼんやりと考える。
それでももう――そんな声は聞こえてこなくて、何かが詰まったようなくぐもった声しか聞こえてこない。
ティアはアレクの手を握ることでしか、アレクの呼びかけに答えられなかった。
口を開けば、多分取り返しのつかない言葉を言ってしまうだろうと自覚している。
「離れて下さい」
弱々しく手が振られた。力を殆ど入れていない右手はアレクの手からあっけなく外れた。ティアの口が。
「え?」
と動くが声は出ず、代わりに小さな息が漏れた。
「どうして……そんなこと……」
言葉が続かない。
「血が……穢れが、リシティア様に……」
その言葉にティアの感情の押さえが切れた。感情が器から溢れ出す。
「どうして!!」
かすれて、痛々しいほど震える声。
「そんなこと言うの?! 思うの?!」
幼くて、余裕のない口調に大臣たちは次々と席を立っていく。もう見ていられないというように目を逸らして、悲しげに眉を顰めて医師やその他のことを確認すると言って裁きの間から出て行く。
大臣たちは目に入れることを拒んだ。目を見張るような鮮やかな緋の海で、ドレスを染める幼さの残る姫は何故かとても美しく……そして禍々しい。不吉なものの象徴のように……。
二人の将来が、気持ちが容易く想像できて……、痛くて苦しかったのだ……。
「アレクが守ってくれたからわたしは助かったのに……。なのにアレクの血が穢れだと言うの?! それがもし……本気の言葉なら、わたしは本当にあなたを切り捨てるわ!!」
その時医師がやっと到着し、ティアは無理矢理引き剥がされる。ティアは放心したように医師に体を任せた。そしてアレクに向かって言う。
「わたしはもう……汚れている。あなたがいう『穢れ』を受けているわ。ドレスではなく、手ではなく……それは心、よ。
五年前、あなたに庇われて助かった、あの日から!! わたしの心は血で汚れ、償うことも消すこともできない罪を負った。一生背負い続けなければいけない、いいえ、背負い続けていても、死んでも消えない罪を追った。
あなたを犠牲にしてまで助かったその時から、わたしはもうすでに罪に犯されている!! そうでしょう?! それがこれで二回目……。わたしは五年前のことを後悔しながら……同じ過ちを……犯してしまった」
アレクが大きく目を見開き、何ごとか口を動かしたがそこで意識を閉ざした。
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