いつきが日々を綴ります。日々のぐだぐだを語ったりしてます。時々本の感想が紛れ込んでたりするかもです。
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「リシティア様。出立の挨拶に参りました」
いつもの黒い制服に旅行用のマントを羽織った姿。いつものような目に鮮やかな濃紺のマントはつけていない。
執務室の窓からは、もう準備を終えた騎士たちが揃っているのが見えるだろう。しかしカーテンはきつく閉じられていた。
「そう……。ご苦労様」
ティアはアレクに背を向けたまま、振り向きもしなかった。目が合ったら、何かしてしまいそうで怖かった。
王女らしい自分が保てなくなるんじゃないかと、何か余計なことを言うんじゃないかと。それが怖くなって、逃げた。そうするしかなかった。
そう思うと面と向かって何か言うのは気が引けた。本棚に向かい本を開いたまま、それ以上口を開こうともせずに退室を促した。その背中が語っているのは何なのかアレクは分からない。
アレクが騎士流の礼をして、ドアノブに手をかけたとき、背中に小さな衝撃が走った。足元に淡い水色のドレスがチラリと見える。
「リシティア様?」
呼びかけはしたものの結局振り向かず、ティアの言葉を待つ。
「そのまま聞いて」
いつもより荒めに話すティアに、アレクは頷くだけで答えた。
ティアは今更ながら自分の行動に驚くが、このまま別れて、もし何かあったらと思うと顔も見ずに、言葉を交わさずに送るのはどうしても嫌だった。
「アレクが王宮に来てから、全然会わないなんてことなかったから……、それに」
ティアはコクリと喉を鳴らした。何かを飲み込むような仕草。
マントを掴む腕の細さを見て見ぬふりをして、アレクは前へ向き直る。
「い、いなくなっちゃったら、文句も言えなくなるから」
最後の上はうやむやになってティアの喉に消えた。
「何で、何で近衛隊長がここを離れるのか分からないし……、わたしの護衛がわたしから離れるのかも分からない……っ!!」
次々と出てくる不満にアレクは何も返さなかった。
「アレクが、アレクが全部悪い!!」
震える声に思わず振り向きそうになる。しかしそれを必死に止めた。今振り向けばきっと北の地へ行けなくなるから。ティアをここへ置いて行けなくなるから。
「何とか言ってよ、アレク。もしかしたら、あなた、私を置いて……帰って、来ないかもしれないのよ? そんな可能性だってないわけじゃないのよ?」
後ろの声が強くなる。責めないとやりきれないとでも言うようにアレクの背を叩いた。しかしその叩く力は弱くて、全然痛みを感じなかった。
「ウソでもいいから。だから、一言……。死なないって、言って……」
そうじゃないと、離れられない。
ティアはこれまで王族として振舞ってきた。気弱なところなんて、いつも隠してたのに。
本当に行かなければならない時になって何故、こんなことをする?
離れられない 振り切れない 置いて行けない 手放せない
この気持ちにあなたは、気付いていますか?
だからこんなことするんですか?
アレクはそっとティアから離れる、これ以上ここにいれば、何かやってしまいそうだった。
「あなたを残して死んだりなんかしません。絶対に、一人にさせませんから」
その言葉にティアがようやく顔を上げた。その顔に笑顔はなかったけれど、涙もなかった。ティアはアレクの顔を両手で包み、その額に自分の唇を押し当てた。
「汝に神の祝福があらんことを」
泣き出しそうな顔でティアは笑う。
「ただの反乱ですもの。警備隊の一軍は優秀だし、きっと大丈夫」
ティアは自分を励ますように笑うと、アレクの背中を押した。
相手の手を掴んで、引き寄せようとするのはティアかアレクか――。
しかしその邪念が通るはずもなく……また相手に通じるはずもなく、互いに離れて行く相手に願いをかける。どうか無事で……と。
相手に対してできる事は、ここまでだと二人とも知っている。だから主と護衛の関係は崩れない。良くも悪くもずっと。
彼女はリッシスク―光国―の王女であり、次期女王。彼は大貴族の次男であり、王直属の近衛隊隊長。
彼らはその地位に誇りを持ち、自分が為すべきことを悟っている。だからこの関係はこのまま。
いつもの黒い制服に旅行用のマントを羽織った姿。いつものような目に鮮やかな濃紺のマントはつけていない。
執務室の窓からは、もう準備を終えた騎士たちが揃っているのが見えるだろう。しかしカーテンはきつく閉じられていた。
「そう……。ご苦労様」
ティアはアレクに背を向けたまま、振り向きもしなかった。目が合ったら、何かしてしまいそうで怖かった。
王女らしい自分が保てなくなるんじゃないかと、何か余計なことを言うんじゃないかと。それが怖くなって、逃げた。そうするしかなかった。
そう思うと面と向かって何か言うのは気が引けた。本棚に向かい本を開いたまま、それ以上口を開こうともせずに退室を促した。その背中が語っているのは何なのかアレクは分からない。
アレクが騎士流の礼をして、ドアノブに手をかけたとき、背中に小さな衝撃が走った。足元に淡い水色のドレスがチラリと見える。
「リシティア様?」
呼びかけはしたものの結局振り向かず、ティアの言葉を待つ。
「そのまま聞いて」
いつもより荒めに話すティアに、アレクは頷くだけで答えた。
ティアは今更ながら自分の行動に驚くが、このまま別れて、もし何かあったらと思うと顔も見ずに、言葉を交わさずに送るのはどうしても嫌だった。
「アレクが王宮に来てから、全然会わないなんてことなかったから……、それに」
ティアはコクリと喉を鳴らした。何かを飲み込むような仕草。
マントを掴む腕の細さを見て見ぬふりをして、アレクは前へ向き直る。
「い、いなくなっちゃったら、文句も言えなくなるから」
最後の上はうやむやになってティアの喉に消えた。
「何で、何で近衛隊長がここを離れるのか分からないし……、わたしの護衛がわたしから離れるのかも分からない……っ!!」
次々と出てくる不満にアレクは何も返さなかった。
「アレクが、アレクが全部悪い!!」
震える声に思わず振り向きそうになる。しかしそれを必死に止めた。今振り向けばきっと北の地へ行けなくなるから。ティアをここへ置いて行けなくなるから。
「何とか言ってよ、アレク。もしかしたら、あなた、私を置いて……帰って、来ないかもしれないのよ? そんな可能性だってないわけじゃないのよ?」
後ろの声が強くなる。責めないとやりきれないとでも言うようにアレクの背を叩いた。しかしその叩く力は弱くて、全然痛みを感じなかった。
「ウソでもいいから。だから、一言……。死なないって、言って……」
そうじゃないと、離れられない。
ティアはこれまで王族として振舞ってきた。気弱なところなんて、いつも隠してたのに。
本当に行かなければならない時になって何故、こんなことをする?
離れられない 振り切れない 置いて行けない 手放せない
この気持ちにあなたは、気付いていますか?
だからこんなことするんですか?
アレクはそっとティアから離れる、これ以上ここにいれば、何かやってしまいそうだった。
「あなたを残して死んだりなんかしません。絶対に、一人にさせませんから」
その言葉にティアがようやく顔を上げた。その顔に笑顔はなかったけれど、涙もなかった。ティアはアレクの顔を両手で包み、その額に自分の唇を押し当てた。
「汝に神の祝福があらんことを」
泣き出しそうな顔でティアは笑う。
「ただの反乱ですもの。警備隊の一軍は優秀だし、きっと大丈夫」
ティアは自分を励ますように笑うと、アレクの背中を押した。
相手の手を掴んで、引き寄せようとするのはティアかアレクか――。
しかしその邪念が通るはずもなく……また相手に通じるはずもなく、互いに離れて行く相手に願いをかける。どうか無事で……と。
相手に対してできる事は、ここまでだと二人とも知っている。だから主と護衛の関係は崩れない。良くも悪くもずっと。
彼女はリッシスク―光国―の王女であり、次期女王。彼は大貴族の次男であり、王直属の近衛隊隊長。
彼らはその地位に誇りを持ち、自分が為すべきことを悟っている。だからこの関係はこのまま。
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