いつきが日々を綴ります。日々のぐだぐだを語ったりしてます。時々本の感想が紛れ込んでたりするかもです。
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「アレク。わたしの護衛より、シエラの護衛に言ったら?」
何でもないように、まるで世間話でもするような口調でいきなりアレクに話しかける。
議会から帰り、部屋着に着替えたティアは、ベッドに座り議会の書類へ目を通している。その瞳が話しかけているアレクに向けられたのは少し経ってからだ。
アレクは目だけで続きを促す。ティアはそんな態度をとるアレクを睨みつけた後、再び口を開いた。
「あなた近衛隊の隊長でしょ? その近衛隊の中でもエリート中のエリートが集まるって噂の『蒼の騎士団』の団長でもあるのよね? 何故王やシエラではなくわたしなの? わたしには後ろ盾がないわ。わたしに付いていても、昇進に何の影響も及ぼさないわよ? まぁ、あなたはボールウィン家の次男。後ろ盾はそれで十分ということ?」
いつも聞けなかった言葉がついに口から出た。毎回聞きたくて、その度に自分で自分を止めていた言葉。
しかし今回は違った。アレクに何か言われると言う恐怖より、疑問が勝った。シエラが確実に王位に就くことは決まったのだ。
明日からシエラの周りは大臣になりたい人間が沢山集まるだろう。反対にティアに与しようとする人間は少なくなる。
今――明日に王が死んでも、ティアが王位に就くのはたかが五年だ。その後のシエラの代に比べればほんの僅かな時間だろう。
どちらの側につく?と聞かれれば、一〇人中一〇人が「シエラ」だと答えるの目に見えている。
なのに何故?近衛隊の隊長といえば、騎士隊の中でも一番の発言権と権力を持つ。そして『蒼の騎士団』と言えばこの国の中で一番強い人間があるまるのだ。
ティアはぼんやりと黒地に白いラインの入った騎士隊の制服とその上に羽織っている濃紺のマントを見つめた。
制服は騎士隊の中で統一されている。正式な場で着るのは同じデザインの白地に黒のラインだが。隊によって違うのはマントの色。近衛隊は濃紺。騎士隊は青緑。そして第二部隊(通称警備隊)は黒。さらに胸の所に付いているバッチで身分を表している。
アレクは上流騎士だから、白いバラの花がモチーフのバッチが三つだ。つまりアレクは騎士身分を持つものの中で一番地位が高くて、強い、ということになる。
上流騎士は確か今年から三人だった、とぼんやりと思い出した。アレクと、警備隊の一軍の隊長と、同じくそこの副隊長だった気がする。そんなティアの思考を逆なでするように、アレクは口を開いた。
「あなたは次期女王です。それ……「だからわたしを守るの?」
アレクの言葉を遮り、ティアは射抜くような鋭い瞳でアレクを見た。一番に浮かんだのは怒り、しばらくして浮かぶのは――。
何なのかティア自身にも分からない。アレクはティアの言葉を聞き、肯定とも否定ともとれる不思議な笑みを浮かべる。
少しずつ、少しずつ変わっていくのは、人の心の常なのかもしれないけれど。仕方のないことなのかもしれないけれど。だけど……。不変はないと分かっていながら、ティアはその事実に腹を立てずに入られなかった。
「アレクは……変わったわ。いつの間にそんな曖昧な態度、学んだの?」
感情を押し殺そうとして失敗した声は低くて震えていた。ティアは一回頭をふり「もういい」と冷たく切り捨てた。それを見てアレクはもう一度、小さく笑う。小さな、小さな微笑。
驚きと、悲しみで涙は出なかった。
ただ、昔のようにアレクが好きだと思っているのは、わたしだけなんだと再認識した。
わたしはアレクにとってただの『次期女王』で、昔仲良く遊んでいたティアではないのだ。いつまで子どもでいるつもりだと叱られた気さえしてしまう。
アレクの目に映っているのは『仕事』なのだ。
小さい頃はなんだかんだ言いつつ、アレクも一緒に遊んでいた。貴族らしく振舞おうとすればするほど、空回りしていたわたしたち。
王族として、貴族として、小さい頃から教え込まれた礼儀作法。仲良くもなく、取るに足らない相手なら粗相なくこなせる。そんな自信さえ持つわたしたちだった。
なのに何故か、お互いの前では礼儀が守れなくて、普通の子どもみたいにはしゃいでしまう。初めて会ったその日に、『お互いの前だけではそんな礼儀のこと気にしないようにしよう』と約束した。
わたしの遊び相手として、僅か八歳で王宮に上がったアレクはとても優しくて、いつもいつもアレクに与えられた部屋へ遊びに行った。
変わったのは、アレクが余所余所しくなったのはわたしが六歳、アレクが九歳の時だ。丁度わたしの母、王妃クラリスが亡くなった時。何がきっかけだったのか分からない。ただ突然、本当に突然態度が冷たくなった。 『ティア』と呼ばなくなったし、わたしが遊びに行っても話さなくなった。
どうしてだろうと思う暇もなく、アレクは騎士見習いとして働くようになり、めったに会わなくなった。そして三年前からわたしの護衛騎士となり、わたしの傍にいるようになった。
初めは時間がなかったから話さないようになったのかとも思ったけれど、護衛騎士となり、いつも一緒にいるのに会話はなかった。
やっぱりわたしは王女としか見られてないんだな、と思うと、『あの言葉』をずっと覚えていたわたしが馬鹿みたいに思えて、自分で自分を笑った。
まだ小さくて、父と母の立場もよく分からず、その忙しさも分からなくて、寂しくて……。
傍にいてくれず、たまに会いに来てもすぐにどこか行ってしまう両親は、きっとわたしのことが嫌いなんだと思っていた時期があった。
侍女たちが必死になってそんなことはないと言っていたけれど、それでも不安で、悲しくて仕方がなかった。
ある日、そのことをアレクに話すと、アレクはにこりと笑った。なんでも相談できる。そしてアレクはいつだって正しい答えを出してくれる。そう信じて疑わなかったあの頃。
アレクの笑顔はとても優しくて、わたしが誰の笑顔よりも大好きな笑顔。アレクはその笑顔で、そっと耳打ちをするようにわたしに話してくれた。
「それは王と王妃が忙しいだけだよ。ティアはきちんと愛されてる。王と王妃は皆が噂するほどティアを愛しているよ。その証拠に僕が毎日ここにいるでしょ?」
と。どういうことか分からなくて、首を傾げるとまた小さく笑い今度は耳元に唇を寄せた。
「王と王妃が『ティアが寂しくないように』って僕をここに呼んで下さったんだよ。ね、ちゃんと愛されているでしょう?」
そう言われると、本当にそう思えてきて、愛されているんだと思うととても嬉しくて……。
でもわたしはあることを思いつき聞いた。
「じゃあアレクはお父様とお母様に会えなくて寂しくないの?」
と。するとアレクは少しだけ困った顔をした。本当に少しだけ、困った顔をして……それ以上に嬉しそうな表情を出した。それがどうしてなのかは今も分からないけれど。
「僕のお姫様はどうやらとても賢いらしい」
と笑いながら。『僕の』と言われると少しだけ恥ずかしかったけれど、『お姫様』という響きはあまり好きじゃなかったけれど。でも、アレクに言われると何だか嬉しくて。
「僕は寂しくなんかないよ。だってティアがいるもん。そうでしょう?」
そしていきなりぎゅっとわたしを抱きしめる。優しく抱きしめられると温かくて、どんなところよりも居心地がいいと思ってしまう。アレクはわたしの頭を撫で、言葉を続けた。
「だからティアが寂しい時にはいつだって傍にいるよ。だってティアが好きだから。大切だから。だからね、僕が寂しい時は傍にいて? ティアが僕のことが好きで、大切なら」
そう言うアレクがとても寂しそうだったから、わたしは抱きしめ返しながら『傍にいるよ』とだけ返した。するとアレクは本当に嬉しそうに笑ったのだ。
もうアレクは覚えていないほど昔の話だけど。だけどあの言葉が全ての支えだったのに……。寂しいと思う時、いつも思い出した。
今のアレクはもう、わたしが好きで大切だから傍にいるんじゃない。わたしが王家の人間だから傍にいるんだ。そう思うと、ベッドの上で身を縮めた。
「寂しい……」
寂しい時には傍にいるよ、といった人はもう遠い。そう感じずにはいられない。もうあの頃には戻れないんだと改めた認めさせられる。
忘れられない自分がもどかしかった。
何でもないように、まるで世間話でもするような口調でいきなりアレクに話しかける。
議会から帰り、部屋着に着替えたティアは、ベッドに座り議会の書類へ目を通している。その瞳が話しかけているアレクに向けられたのは少し経ってからだ。
アレクは目だけで続きを促す。ティアはそんな態度をとるアレクを睨みつけた後、再び口を開いた。
「あなた近衛隊の隊長でしょ? その近衛隊の中でもエリート中のエリートが集まるって噂の『蒼の騎士団』の団長でもあるのよね? 何故王やシエラではなくわたしなの? わたしには後ろ盾がないわ。わたしに付いていても、昇進に何の影響も及ぼさないわよ? まぁ、あなたはボールウィン家の次男。後ろ盾はそれで十分ということ?」
いつも聞けなかった言葉がついに口から出た。毎回聞きたくて、その度に自分で自分を止めていた言葉。
しかし今回は違った。アレクに何か言われると言う恐怖より、疑問が勝った。シエラが確実に王位に就くことは決まったのだ。
明日からシエラの周りは大臣になりたい人間が沢山集まるだろう。反対にティアに与しようとする人間は少なくなる。
今――明日に王が死んでも、ティアが王位に就くのはたかが五年だ。その後のシエラの代に比べればほんの僅かな時間だろう。
どちらの側につく?と聞かれれば、一〇人中一〇人が「シエラ」だと答えるの目に見えている。
なのに何故?近衛隊の隊長といえば、騎士隊の中でも一番の発言権と権力を持つ。そして『蒼の騎士団』と言えばこの国の中で一番強い人間があるまるのだ。
ティアはぼんやりと黒地に白いラインの入った騎士隊の制服とその上に羽織っている濃紺のマントを見つめた。
制服は騎士隊の中で統一されている。正式な場で着るのは同じデザインの白地に黒のラインだが。隊によって違うのはマントの色。近衛隊は濃紺。騎士隊は青緑。そして第二部隊(通称警備隊)は黒。さらに胸の所に付いているバッチで身分を表している。
アレクは上流騎士だから、白いバラの花がモチーフのバッチが三つだ。つまりアレクは騎士身分を持つものの中で一番地位が高くて、強い、ということになる。
上流騎士は確か今年から三人だった、とぼんやりと思い出した。アレクと、警備隊の一軍の隊長と、同じくそこの副隊長だった気がする。そんなティアの思考を逆なでするように、アレクは口を開いた。
「あなたは次期女王です。それ……「だからわたしを守るの?」
アレクの言葉を遮り、ティアは射抜くような鋭い瞳でアレクを見た。一番に浮かんだのは怒り、しばらくして浮かぶのは――。
何なのかティア自身にも分からない。アレクはティアの言葉を聞き、肯定とも否定ともとれる不思議な笑みを浮かべる。
少しずつ、少しずつ変わっていくのは、人の心の常なのかもしれないけれど。仕方のないことなのかもしれないけれど。だけど……。不変はないと分かっていながら、ティアはその事実に腹を立てずに入られなかった。
「アレクは……変わったわ。いつの間にそんな曖昧な態度、学んだの?」
感情を押し殺そうとして失敗した声は低くて震えていた。ティアは一回頭をふり「もういい」と冷たく切り捨てた。それを見てアレクはもう一度、小さく笑う。小さな、小さな微笑。
驚きと、悲しみで涙は出なかった。
ただ、昔のようにアレクが好きだと思っているのは、わたしだけなんだと再認識した。
わたしはアレクにとってただの『次期女王』で、昔仲良く遊んでいたティアではないのだ。いつまで子どもでいるつもりだと叱られた気さえしてしまう。
アレクの目に映っているのは『仕事』なのだ。
小さい頃はなんだかんだ言いつつ、アレクも一緒に遊んでいた。貴族らしく振舞おうとすればするほど、空回りしていたわたしたち。
王族として、貴族として、小さい頃から教え込まれた礼儀作法。仲良くもなく、取るに足らない相手なら粗相なくこなせる。そんな自信さえ持つわたしたちだった。
なのに何故か、お互いの前では礼儀が守れなくて、普通の子どもみたいにはしゃいでしまう。初めて会ったその日に、『お互いの前だけではそんな礼儀のこと気にしないようにしよう』と約束した。
わたしの遊び相手として、僅か八歳で王宮に上がったアレクはとても優しくて、いつもいつもアレクに与えられた部屋へ遊びに行った。
変わったのは、アレクが余所余所しくなったのはわたしが六歳、アレクが九歳の時だ。丁度わたしの母、王妃クラリスが亡くなった時。何がきっかけだったのか分からない。ただ突然、本当に突然態度が冷たくなった。 『ティア』と呼ばなくなったし、わたしが遊びに行っても話さなくなった。
どうしてだろうと思う暇もなく、アレクは騎士見習いとして働くようになり、めったに会わなくなった。そして三年前からわたしの護衛騎士となり、わたしの傍にいるようになった。
初めは時間がなかったから話さないようになったのかとも思ったけれど、護衛騎士となり、いつも一緒にいるのに会話はなかった。
やっぱりわたしは王女としか見られてないんだな、と思うと、『あの言葉』をずっと覚えていたわたしが馬鹿みたいに思えて、自分で自分を笑った。
まだ小さくて、父と母の立場もよく分からず、その忙しさも分からなくて、寂しくて……。
傍にいてくれず、たまに会いに来てもすぐにどこか行ってしまう両親は、きっとわたしのことが嫌いなんだと思っていた時期があった。
侍女たちが必死になってそんなことはないと言っていたけれど、それでも不安で、悲しくて仕方がなかった。
ある日、そのことをアレクに話すと、アレクはにこりと笑った。なんでも相談できる。そしてアレクはいつだって正しい答えを出してくれる。そう信じて疑わなかったあの頃。
アレクの笑顔はとても優しくて、わたしが誰の笑顔よりも大好きな笑顔。アレクはその笑顔で、そっと耳打ちをするようにわたしに話してくれた。
「それは王と王妃が忙しいだけだよ。ティアはきちんと愛されてる。王と王妃は皆が噂するほどティアを愛しているよ。その証拠に僕が毎日ここにいるでしょ?」
と。どういうことか分からなくて、首を傾げるとまた小さく笑い今度は耳元に唇を寄せた。
「王と王妃が『ティアが寂しくないように』って僕をここに呼んで下さったんだよ。ね、ちゃんと愛されているでしょう?」
そう言われると、本当にそう思えてきて、愛されているんだと思うととても嬉しくて……。
でもわたしはあることを思いつき聞いた。
「じゃあアレクはお父様とお母様に会えなくて寂しくないの?」
と。するとアレクは少しだけ困った顔をした。本当に少しだけ、困った顔をして……それ以上に嬉しそうな表情を出した。それがどうしてなのかは今も分からないけれど。
「僕のお姫様はどうやらとても賢いらしい」
と笑いながら。『僕の』と言われると少しだけ恥ずかしかったけれど、『お姫様』という響きはあまり好きじゃなかったけれど。でも、アレクに言われると何だか嬉しくて。
「僕は寂しくなんかないよ。だってティアがいるもん。そうでしょう?」
そしていきなりぎゅっとわたしを抱きしめる。優しく抱きしめられると温かくて、どんなところよりも居心地がいいと思ってしまう。アレクはわたしの頭を撫で、言葉を続けた。
「だからティアが寂しい時にはいつだって傍にいるよ。だってティアが好きだから。大切だから。だからね、僕が寂しい時は傍にいて? ティアが僕のことが好きで、大切なら」
そう言うアレクがとても寂しそうだったから、わたしは抱きしめ返しながら『傍にいるよ』とだけ返した。するとアレクは本当に嬉しそうに笑ったのだ。
もうアレクは覚えていないほど昔の話だけど。だけどあの言葉が全ての支えだったのに……。寂しいと思う時、いつも思い出した。
今のアレクはもう、わたしが好きで大切だから傍にいるんじゃない。わたしが王家の人間だから傍にいるんだ。そう思うと、ベッドの上で身を縮めた。
「寂しい……」
寂しい時には傍にいるよ、といった人はもう遠い。そう感じずにはいられない。もうあの頃には戻れないんだと改めた認めさせられる。
忘れられない自分がもどかしかった。
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